乳幼児のころから英語に触れさせることは大切である。語学以外にも、日本風に育てるかアメリカ風に育てるか、ということも大切である。

日本はものづくりに丁寧だから細かいことができる。しかし軍隊式の暗記教育であり、言われたことを正しくやることが良い評価につながる。自由なアイデアが生まれにくい。

アメリカは、ものづくりが雑だから細かいことは苦手だ。しかし自己主張を重んじるので、独創性が強くなり、クリエイティブな仕事や活躍ができるようになる。自由なアイデアが生まれやすい。

教育文化の違いである。

国に関わらず、育て方はもう1つある。叱って育てるか、褒めて育てるか、である。

自己顕示欲が強く悩んでいる人も多い。無慈悲な自分を責めて自己嫌悪になっている人も多い。しかしそんなときこそ親に感謝すべきなのである。

一般的には褒めて育てる方が良いとされている。しかし叱って育てることも良い所がある。叱られて育った人間は、親から認められてこなかったので、異常に自己顕示欲が強くなり、無慈悲である。

自己顕示欲が強いと、職場では上司が使えねー、同僚が使えねーと文句ばかり言い、自分1人でなんでもやろうとする。認めてもらいたいのだ。人の意見に反対ばかりし、流されないから独創性があり、本当に自分1人で成果を上げてしまうことがある。

尊敬する、認めた人間以外には従わなく、敵意をむき出しにしているので周りから嫌われる。好かれるのは保健所から保護してきた犬くらいなものである。自己顕示欲が強く無慈悲な人間は、独立し起業することも多い。

サイコパス、という言葉がある。サイコパスとは一般的には殺人鬼の代名詞にも使われることが多く、決してイメージの良い言葉ではない。しかし実はサイコパスの本当の定義は、カリスマ性があり、能力が高く、無慈悲な人間のことなのだ。

殺人鬼=無慈悲=サイコパス、という式が成り立ってしまうため、良いイメージではなくなっている。だがサイコパスは一般人の中にもたくさんいるのだ。

機関誌『Journal of Forensic Psychiatry and Psychology(司法精神医学と法心理学)』に発表されたキャロリン・ベイトの論文によれば、サイコパスの一般人口に占める割合は約1%であるのに対して、企業経営者や上級管理職のなかではその割合が約3%と高くなるという。

サイコパスの多い職業は、1位 社長、2位 弁護士、3位 メディア関係者なのだ。

社長にサイコパスが多いことは頷ける。カリスマ性や能力の高さはもちろんだが、無慈悲な部分もなければ社長はつとまらない。場合によっては会社を守るために社員のクビを切らなければならない事があるからだ。

会社がヤバイ状況にも関わらず、情が湧いてクビを切らなかったら、会社はつぶれてしまう。無慈悲になれることも必要とされる能力なのだ。他人から嫌われる無慈悲な人間が必ずしも悪いわけではない。良いことなのだ。

自己顕示欲が強いと、比例して自己否定も強くなり、無慈悲だからゆえ、親への憎しみも強くなる。しかし自己顕示欲はとても大切な欲の1つなのである。こんな人間に育てやがって、と親を憎む必要はない。むしろ小さいころから認めてくれなくてありがとう、と感謝すべきなのである。

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叱るも褒めるも、やってはいけないのが中途半端にすることである。中途半端な想いで育てると、中途半端な人間にしかならない。

みんなと一緒が一番で、自分の意思がなく、言われたことだけをする。居酒屋へ行けば上司のグチばかり。通勤の電車の中では死んだ魚のような目をしている。幸せになれないのは社会が悪い、政治が悪い、と責任転嫁ばかりする人間になる。

誰かが不倫をすれば、みんなでいっせいに罵声を浴びせ、集団リンチをする。自分に不満があるから、何かスキャンダルが起こると、中途半端な人間は捌け口にするのだ。立ち位置は違えど、ベッキーや乙武さんを責めて何か意味があるのだろうか。当人はともかくとして、彼らの友達はどんな気持ちだろうか。

友達が、インターネットで顔の見えない人たちから集団リンチにあって、激しく落ち込んでいたらどう思う。つらくないか。自分が責められるより、友達が責められてるのを見る方がつらくないか。

サイコパスで無慈悲な人間より、みんなと一緒のことしかできない中途半端な人間の方がタチが悪い。中途半端な人間にさせないためにも、英語だけではなく、乳幼児からの育て方はしっかりと考えるべきである。

どれだけ辛かったとしても、自己顕示欲が強いことに自信を持とう。どれだけ悲しかったとしても、無慈悲な自分を慈しんでみよう。自分を認めてくれなかった親に、感謝をすることが一番の親孝行であり、自分を救うたった1つの道なのだ。